若者よ!市場で買いもんしよう!
台湾に住み始めて5年。週末になると、歩いて10分ほどの永安市場へ買い物に行くのが、すっかり生活の一部になった。
台湾には公有市場、日本でいうところの公設市場がまだまだたくさん残っている。
シャッター街化や取り壊しが相次ぐ日本の地元の商店街とは対照的に、台湾の市場はどの都市でも、土日などは歩くのも大変なほどに活気があり非常に賑わっている。

なんで市場が好きなのか、ということをちゃんと考えたことはあまりなかったので、ちょっと言葉にしたいと思った。それは特に、日本に帰省した時立ち寄った近所の銭湯に掛かってる料金表に、かつて存在した公設市場組合の文字を見つけた時にそう思った。
こんなに繁盛している台湾の市場も、もしかしたら無くなっていってしまうのかもしれないと思った時、市場で買い物をするという経験の意味合いがとても、なんというか、貴重なものになるというふうに感じた。
ラインナップがすごいのと、季節を感じられる
市場のすごいところというのは、とにかく生鮮食品のラインナップが豊富だということに加えて、ちゃんと季節を感じることができるという点にある。
とくに野菜や魚のラインナップは、季節の移り変わりを感じさせてくれるんです。
野菜で言うと、龍鬚菜(ハヤトウリのツル),蕃薯葉(サツマイモの葉)蕹菜(クウシンサイ)あたりが安くなると夏が来たなと思う。
ハヤトウリなんかは日本で全く見ることがないけれども、文字の如く龍の髭のように長く伸びたヒョロヒョロの、蔦のような形状が特徴的な野菜で、ニンニクと桜エビでさっと炒めるとめちゃくちゃ美味いのである。
台湾の夏の暑さにうなされて、一体いつになったら涼しくなるのやら、などと文句と汗を垂らしながら市場を歩いているとき、菊菜や蒜苗(葉ニンニク)を見つけると、もう冬はすぐそこに来ているということで、少し慰められる。
そこからもう2週間もすると魚屋さんでは白腹仔(台湾サワラ)や烏魚(ボラ)、白帶魚(太刀魚)などがチラホラ並び始めて、すっかり冬の訪れを感じるようになり、家でも煮物や鍋が食卓に登場し始める。

ちょっとした会話が面白い。
市場で買い物をする上で、会話は避けられない。
魚なら、「どうさばく?」と聞かれ、肉や鶏なら「どの部位をどれくらい?」と尋ねられる。皮や骨をどうするか、切るか切らないかもその場で決める。
「兄ちゃん今日は何要る?」
「どない料理するんやぁ?煮る?焼く?」
「煮るんやったらここの部位やなぁ」
「脂身多めの方が煮るにはいいけど、それでいいか?」
「kgOO円やけど、どのくらいいる?」
「肉は切るか?そのままでええか?」
少なくともこれくらいの会話はある。
市場初心者の頃は、こうした会話がとてもハードル高く感じられた。事前に買うものと量を中国語でスマホにメモしてから出かけていたのを覚えている。
だんだん市場に顔見知りができてからは、何も決めずに行って、その場で美味しそうなものを見つけて、美味しい食べ方を教えてもらったりすることができるようになった。
果物だったら、好みの熟し加減のグァバを選んでもらったりする。
市場は合理的ではない
市場というものは、同じようなものを売っている、同じような店構えをしたブースがたくさん並んでいるのであるが、この光景というのはよく考えてみればちょっと奇妙にも感じる。
試しに近所の市場の地図を見てみると、野菜屋が8軒、鶏肉屋が5軒、魚屋が3軒、豚肉屋に限っては15軒もある。

それぞれの店でそんなに価格は変わらないし、売ってるものもほとんど同じで、差別化要素は皆無なのだけれども、なぜかどの店も一定のお客さんを持っている。
僕がいっつもあの魚屋で買う理由はなんなのだろうか?
結局、あのおっちゃんがいっつも優しいからなんかなぁ。
つまるところ、市場で買いもんしたい理由はそこなんだと思う。
誰からものを買って、誰にお金を払っているかということがちゃんとわかるということ。
新しい料理の仕方とか、みたことない魚の種類を教えてもらったりなどというのは、スーパーでの買い物ではできないことなんです。
若者よ!市場で買いもんしよう!
市場に買い物に来ている人はほとんどがおばちゃん、おばあちゃんで、若い人はほとんど目にしない。
知り合いに聞いてもほとんど市場で買い物をした経験のある人はいない。
そもそも若い人が料理をしないという理由もあるだろうが。
確かにスーパーは便利なのだが、市場での買い物はめちゃめちゃ奥が深いものがある。
若い人たち、市場で買いもんしてみませんか?

台湾生活で失ったもの
台湾生活も5年目になり、台湾のあらゆるものが日常の風景となってしまった。
大学の時に旅行して以来どっぷりと台湾にハマってしまい、大学在学中からサラリーマン生活をしている3~4年の間に10回近く台湾を訪れた。
当時は中国語が一切できない自分にとって、繁体字の看板やメニューはとてつもないエンターテイメントであった。
小林髮型とか、中野安全帽とか、日本語母語話者としてはかなりツボな字面の看板を見つけては意味を推測したり、ツッコミを入れたりしながら台湾の街中を歩くのがめちゃめちゃ楽しかった。



「いつか、これ全部の意味がわかるようになったらもっと楽しいかもしれないな」とも思うようになった。
全部の意味がわかるようになった今、どうだろう。結果としては、意味しかわからないから面白くもなんともないのだ。意味しかわからないから、特に目を配る必要すらなくなって、日常の風景になってしまった。
どうしてくれよう!あの面白さを取り戻したい。
たまに友人が台湾に遊びにきた時などは、あの頃の私のように、看板やメニューを面白がって写真に撮るのだがそれが羨ましくてしょうがないことがある。
何にしても解像度が低いからこその面白さがあるということだろう。
ミーハー的な楽しみ方とも言えるかもしれないが、別にそこまで卑下するものでもないとも思う。
ということで、最近は意識的に低解像モードで出かけるということを実践している。最初は半ば無理くりなのだが、慣れてくると結構自然に解像度が落ちてきて、散歩が楽しくなることはもちろん、観光客気分になってきてちょっとしたお土産まで買いたくもなるのだから不思議なもんです。
カレーや準備してる日記
今必死こいてカレー屋準備してるワイです。
そもそもしょぼく企業するということで、そんなにお金かけるつもりなくやっているけども、それでもなんやかんやと金はかかる。とはいっても、一般的な「カフェ 開業資金」とかで調べてでてくる金額の1/10もいってない。
そしてなんやかんややることがある。一年分の用事を一気にやってるようである。
やったことをリストアップしておこう。
掃除系
・ギトギトの床を掃除する
・無限に油が滴り落ちてくるレンジフードを掃除する
・カビとか土とか水垢だらけのトイレ&シンク掃除する
・ガス漏れしてたネチョネチョのガス管変える
・ちょっと水流したら溢れてくる排水管詰まり直してもらう
内装系
・チェック柄のド派手な机椅子に小マシな壁紙貼ってリメイクする
・カウンターに穴あけて強引に机つける(なお強度は不明)
・隣の工務店に手伝ってもらいながらブルーの壁を全部白くする
・オペレーション考えながら厨房器具配置する
仕入れ系
・安くスパイス仕入れる店探し求めて三千里
・美味しくて安い米仕入れる店探し求めて三千里
・美味しくて安い肉仕入れる店探し求めて三千里
・テイクアウト容器の店探し求めて三千里
処分系
・フェイスブックで無駄に多い椅子と机の引き取り手を募って処分費用を削減しながら店の宣伝する
・梱包の段ボールはまとめて近所のばあちゃんにあげる
・前オーナーの残して行った大量のペンキをすてる
事務系
・メニュー考えて原価計算する
・配る用のビラデザインする
まぁ当たり前やけど全部自分でやるということなので、まぁなかなか大変やなぁ。
大体やることはもう終わったので、あとは試作して写真とってメニュー作ってokというかんじでしょうか。
雑記日記112
今日は大阪へ帰る日。池田港から高松に向かうフェリーでカタカタしておる。高松で2件くらいうどん食べてやろう、などと目論んでいる。
・勝手に5:00~5:30の間に起きる
6:00にアラームを設定していて、しばらくはアラームで起きていたのだが二週間くらいそのリズムでの生活を続けると、5:00~5:30の間に自然に起きるようになった。休みの日くらいゆっくり寝ようと思ってもやはりその時間に起きる。
朝飯ゆっくり食べて、お弁当詰めて、部屋でゆっくりストレッチとかをして過ごす。
大阪に帰ったら、また元の生活リズムに戻るのだろうか?早起きをすると1日がめちゃ長いので、いろいろやる気になるのでこのリズムをキープするのも悪くないなぁ。
家の前に手頃な畑とかあれば最高なのだが。
・2週間動きっぱなしでもいける
繁忙期でオリーブを取りまくらなければならないので、休みは日曜日だけの週休1日。前の自分やったらゆっくりカフェとか読書とかしていたけど、先週はばあさんの家の草を刈りに行ったり、今週は親戚のやってる道の駅の手伝いとかをしたりして、休みの日も軽度の労働をしている。
案外動きっぱなしでもいけるという自分に驚いていると共に、心地よい生活のあり方のヒントになっているのではないか、とも思った。1つの仕事だけじゃなくて、ストレスにならない程度の仕事をちょこちょことやる。「場」が増えて、関わる人も増えて、いろんなことをやることで、それぞれで気晴らしになっていく。
・一緒に仕事するときは、ちょっとした声かけしてくれるとやりやすい
いろんなスタンスがあるのは前提として、自分的には、適度なコミュニケーションをしながら仕事を進めてくれる人がやりやすいと感じる。オリーブちぎるだけでも、「このへん取っときますね」とか「ここ届かへんから後でとってもらえますか?」とか声かけしてもらえると、自分のやらなあかん範囲とか手抜けることとかが明確になっていくので、やりやすいと感じる。
何の仕事でも、自分的にはそういう人と一緒に仕事したいなぁと思う。
雑記日記111
久しぶりの集団生活で感じたこと
仕事について
・どんな場所で仕事をしているかよりも、誰とどんな仕事をしているか
結局のところ、しごとは場所や環境よりも、誰とどんな仕事をしているかというのが1番大事。天国みたいなところでも賽の河原のように石を積んでは崩されてを繰り返すような仕事をしてたらそれは地獄。
労働力をお金に変換させる働きかたもやっぱりしんどい。それがダメというわけではないけども、収入や食糧を含めた生活資源を得る術として、労働して対価収入を得るということの割合は少なくしていく必要があると思う。
学校とか軍隊みたいな働き方はやはりしんどい。積極的にサボりたいし、必要以上に気とか忖度とかしたくない。仕事は適当に。ペコペコしない。
人間関係について
・絶妙な贈与
人に物を与えすぎるのは良くない。良かれと思っているのは間違いないが、結構心理的な負担を与えていて、そこに知らず知らず権力・支配関係が発生してしまう。適度に与える。与えるときは、もらっても良いし、貰わなくても良いという感じで選択肢を用意する。
もらってばかりもよろしくはないけど、絶対にお返しをすべきというのは間違っている。人がくれるものは基本的にもらって居ればよいが、心理的負担が大きい場合は適当にお返しをしておればよい。ただしお返しをすることに躍起になる必要もない。
お返しを期待して物を与える人は支配欲がある人なので、そういう人からは距離をとったほうが良い。本人が気づいていようがいまいが。
・必要以上に話さない、教えない
自分の背景、考え方、好き嫌い云々は聞かれている以上のことをベラベラ喋らんで良い。世間話は世間話で留めておく。聞かれてもないことを教えなくて良い。求められてないアドバイスや感想は言わんで良い。
小豆島オリーブ収穫日記2 共同生活について
今回のオリーブ収穫は比較的大きな農園でやっているので、自分を合わせて10人の短期スタッフが参加している。
平均年齢は28歳くらいで、ほとんど自分と変わらない年齢の人が半数くらいを占めている。新卒で5、6年働いた会社を辞め、30歳手前でいったん立ち止まって、農業バイトやリゾバを始めてみるという人は結構いるということが非常に新鮮だった。
他には40過ぎや30後半の人もいて、春はいちごやメロン、夏はスイカ、冬はみかんなどと、季節とともに全国の農家で転々と仕事をしながら生計を立てているひとも複数人いる。
年収は100万を切っているけど、農園で働いていれば規格外の野菜やフルーツはたんまりと食べられるし、農園の端っこなどで自分の作物を育てていれば、それなりに楽しいし食費も浮くというので、存外楽しい生活スタイルではあるのだと。(他方、将来への漠然とした不安みたいなものはあるみたいだ)
そんなメンツ10人で、この仕事中は農園が所有している宿泊施設で集団生活をしている。
大人数で他人と共同生活をするなんて、大学の合宿以来だ。自分の時間や生活習慣は割ときっちり守りたい派である自分は、長期間の集団生活に多少の不安があったのだが、蓋を開けてみると存外楽しい。
仕事終わってキッチンに行ったら誰かがなんかを作っていたり、買ってきた地酒をシェアしてくれたり、それに合わせたつまみを適当に作ってくれたり。ちょっとした会話とかやりとりが、心地よい。
それでいて自分の部屋もあるから、別に誰とも話したくない時は篭ることもできる。
この感覚、何かと似ているなぁと思ったら、旅行先のゲストハウスの感じ。1日過ごした中で見たもの、美味しかったものなんかを適当にシェアして、気が合った人とはもう少し踏み込んで過去とか将来の話をする。
こういうやりとりが結構好きで、一人で旅行に行ったときは旅人と交流できるゲストハウスに泊まるのは定番になっていたのだった。
思えばここ数年、特にコロナ後は、見ず知らずの人と生活したり、ゆっくり話したりという機会がほとんどなかった。家と職場だけ、あるいは家だけで生活が完結してしまうとやはり煮詰まってくるし、凝り固まってくる。何より、反省をしたりする機会がなくなっていくので自己が肥大しやすい。
また今後定住したり、定職についたとしても、ちょっとした泊りがけのボランティアとかワークショップとかには積極的に参加してみるのも良いなと思った。
小豆島オリーブ収穫日記1
退職してから1ヶ月ほどふらふらしていたのだが、10月から前々より興味があったオリーブ収穫のバイトを小豆島でしている。

オリーブも品種がいろいろあって、品種ごとに用途も少々異なってくるみたいなのだが、小豆島で主に育てられているのはミッション・ルッカ・マンザニロ・ネバディロブランコの4種類。
品種にもよるが、だいたい10月に緑果の状態で収穫したオリーブは「新漬け」として加工されて売られていく。新漬けとは、渋を抜いた果実を塩水に漬け込んだいわば浅漬けのようなもので、お酒のあてやサンドイッチの具などにして食べられる。
オリーブは渋みがハンパないので生では食べられたものではないため、渋抜きという作業が必須になるのだが、柿の渋抜きみたくへたに焼酎を塗ったりとかではなかなか抜けないため、苛性ソーダに漬け込んで渋を抜くというのがセオリーなのだとか。
理科の実験で使う、あの指が溶ける水酸化ナトリウム水溶液って奴ですね。いわば劇薬なわけで、なんだかなぁと思ったりもするわけですが、その後1日3回水変えをしながら1-3週間ほど塩水に漬け込むので、その過程ではすっかり渋も劇薬も無くなってしまうのだと。
今はアメリカ原産のミッションという品種の緑果を収穫している。果実を傷つけないようにしながら、軸を残さずに綺麗に取るのはなかなか難しい。最初は1時間で3kgくらいしか収穫できなかったが、ちょっと慣れてきてだいたい5kgは取れるようになってきた。木とか場所によって実の成り方とか、実の大きさが全然違うのは結構面白い。

陽がよく当たって風通しが良さげなところはブリッとしたいかにも美味そうな見た目をしているし、逆にちょっと陰ったところとかは小ぶりで皮がゴツゴツしている。
基本的に新漬けにできるのは大きめのハリがある果実だけで、ちっさくてゴツゴツしているのは問答無用でオイル用に搾られていく。
収穫作業自体はそれほど難しくないのだが、1時間でxxkg取ってくださいねーとかプレッシャーかかることを言われるとちょっと疲れる。別にノルマとかいうわけではないし、あんまりチンタラやられても困るというのもよくわかるのだけど、機嫌良く仕事はしたいよなぁとも思う。
それにしても、仕事終わりとか休憩中にパッと顔上げたらすぐ海がある環境というのは本当に心地が良いものです。

今だけの味覚、オリーブの新漬け、味わってみてはどうでしょう。
